雪上の温度
  〜白銀世界の賜物〜



寒さを感じないなど 死人と同じかと思った
だが違う 温もりが寒さを掻き消していた―――― 




ちらちらと雪が降りしきる。

「・・・今日は冷えるでござるな。」
「雪が降っていますから。
剣心さん、薪割りはその辺にして、
中へ入ったらいかがです?」
そうでござるな――、と剣心は斧を置いた。

「もうじき、薫さん達が帰ってくる
頃でしょうかね。」
「きっと、寒いと言って火鉢に当たりたがるでござろう。」
出稽古に出かけた薫と弥彦。
道場には剣心とが留守番をしてる最中だった。

「何か、温かい物でも作っておきましょうか。」
「それは良いでござる。」
拙者も手伝うでござるよ――と微笑む
剣心に、は”ありがとうございます”と笑い返した。


「・・・ぉーい。」

「!」

裏の方から呼び声が聞こえた。
何事かと、二人で向かう。


「――――おお、左之。」

尋ねて来たのは左之助だった。

「ふぃ〜、寒い寒い。
悪いが、ちぃっと温まらせてくれや。」
そう言うと左之助は、有無を言う前
にずけずけと家の中に入って行った。

「寒いのは当たり前ですよ、左之君。
そんな薄着で・・・。」
「こいつァ俺の信念なんだよ。」
ハハハッ――と高らかに笑った後で
大きなクシャミをしていれば、もう
馬鹿以外呼びようの無いようにも思える。

「―――おぅ、猫ムスメ、
どうせなら体の温まるもん作れや。」
家主でも無いのに偉そうな態度だ。
「ちょうど今、お汁粉でも作ろうかなと
思っていたんですよ。」
そいつぁいいや――と喜ぶ左之助。

「では、私は台所に参ります。
剣心さんはせっかくですから、ここで
左之君と温まっていてください。」
お盆を片手には腰を上げた。

「―――いや、拙者も手伝うでござるよ。」
「いいえ、剣心さんも、先程まで外に居て
身体が冷えているでしょう。
それに左之君ひとりにしておくと、
良からぬ事をしそうなので見張っていてください。」

「―――ンだとっ、猫ムスメッ?!」

あはは――と笑いながら言うに、
左之助は怒る気力も薄れた。

「では、お願いするでござる。」



しばらくして出先から帰ってきた弥彦と薫。
着くなり早々、火鉢にへばりつく様に手を当てる。
「ひぃ〜、寒ぃ。」
「ほんと。良く降るわねぇ。」
稽古先で身体を動かしていた時は感じなかったが、
外に出るとじわじわと寒さを実感したという。

殿が、汁粉を作ってくれているでござるよ。」

「―――本当?!」
「やったね!!」



「――――お待たせしました。」

「――――うんめぇ〜。」
「―――いやぁ、温まるぜ。」

の作った汁粉に、皆舌鼓を打った。
「これは、身体から寒さが抜けていくようでござる。」
「ありがとう、ちゃん。ホント美味しいわぁ。」
薫じゃとても作れねぇな――と茶々と入れる弥彦
の顔に鉄拳が直撃したのは、説明するまでも無い。


がふと、空を見上げる。
雪は未だ降り続いていた。



「―――すみません、私、ちょっと出掛けて来ます。」

「外は雪よ。大丈夫?」
「えぇ。慣れてますから。」
羽織りに袖を通し、襟巻きを首に巻く。
「お汁粉、まだお鍋の中にありますから、
良かったら温め直して食べてください。」
言い残すと、は傘を手に神谷家を出て行った。


「―――何処に行くつもりでぇ、猫ムスメは。」
「決まっておるでござるよ。」




さく、さく、さく――――

雪を踏み潰す音が鳴る。
ひとつ息を吐けば白く染まり、通ってきた
道には足跡が残っている。
心無しか、人の出も少ないように思えた。
は傘を握り締め、高揚感を抱きながら足を早めた。





細い路地の軒下。
人ひとり雪を凌ぐだけで精一杯のような
場所で、齋藤は壁に背を預け立っていた。

足音が近付く―――。
一瞬警戒心を高めたもののすぐに解く。


「――――お疲れ様です。」

「・・・―――何の用だ?」

咥えていた煙草を落とす。


「―――寒いのではと思いまして、差し入れです。」

が風呂敷包みの中から小さな土瓶を取り出す。

「―――生姜湯です。温まりますよ。」



今日は張り込みだと聞いていた。
陰に潜んで様子を覗うのは得意な分野だ。
けれど外は生憎の雪。
寒くなるからと追い返された手前、
どこか気掛かりだった。



持って来た湯飲みに生姜湯を注ぐ。
まだ湯気が立ち昇っている所を見ると、
急いで運んできたのだろう。
全く、お節介な奴―――などと思いながらも、
齋藤は湯飲みに口を付けた。

「いかがです?」
「・・・悪くは無い。」
生姜が程好く利いていて、湯も温かい。
飲むたびに身体の奥深くから熱が
湧き上がってくるようだ。
はにっこりと笑った。

先刻、神谷道場で皆とお汁粉を食べた
話をした。
「お汁粉の方が良かったですか?」
「要らん。こいつで十分だ。」
あはは――というの笑い声が小路
に響き渡る。


「・・・風邪、ひかないでくださいね。」
「そんな柔じゃない。」
「そうでしたね――。」とが微笑む。

「では、私はこれで失礼します。」
張り込みに人数は不要。
天井裏に潜むならまだしも、
雪の降る外で立ったままでいるなど、
は好かなかった。


「―――――・・・。」

ふっ――、とコートの中から伸びた
齋藤の手が、の手を掴んだ。

「・・・やはり、冷えているな。」

雪のように白い肌。
その指先は冷たく、死人を思わせた。

「土瓶が温かかったものですから。」
急ぐあまり、手袋を忘れてきてしまった。

「・・・お前は昔から、人の身ばかり
心配する。」

齋藤はの手を離すと、自分の手袋を外した。


「―――これで少しは、マシだろう。」


「!」

片方の手に嵌められた手袋。
今の今まで彼の手を包んでいたそれは、
吐く息よりもずっと温かかった。

「これでは、齋藤さんの手が冷えてしまいます。」
「もう片方があれば十分。」
お前の手には大き過ぎるだろうが―――と
白い息を吐いた。


その手袋は確かに大きかった。
けれど伝わってくる温もりは彼と同じだった。


「―――ありがとうございます。」



重ねた唇は、思ったよりも熱かった。

「・・・鍋の用意でもして待っていろ。」
「いいですねぇ、鍋。」
くずきりと椎茸を入れましょう―――と

「・・・早く、帰ってきてくださいね。」



神谷道場に着く少し前に雪は止んだ。
もっと早く止んでくれればと、悪態をつき
ながらも傘を閉じる。

片方だけ嵌められた手袋。
まるであの人と手を繋いでいるみたい
で、胸の奥が温かくなった。
冬は寒い。
でも、人の温もりを感じられる。

「温かいですね――――。」


愛しい人への想いが身体を焦がす。
いつか雪をも溶かしてしまうかもしれない。


 【 E N D 】 



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